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東京地方裁判所 昭和33年(行)73号 判決 1961年10月05日

判  決

当事者の表示別紙当事者目録記載のとおり

右当事者間の昭和三三年(行)第七三号行政処分取消請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する、

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者双方の求める裁判

原告ら訴訟代理人は「被告が原告らによつてなされた地方公務員法第四六条の規定に基く勤務条件に関する措置の要求を却下した昭和三三年五月九日付決定を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は主文同旨の判決を求めた。

第二  請求の原因

一  被告が請求の趣旨記載の決定をするに至つた経緯

原告らは、いずれも東京都内公立小中学校の教職員であり、昭和三三年四月二三日から同年五月八日までの間に順次番方公務員法(以下単に「法」という。)第四六条の規定に基いて被告に対し、東京都立学校及び区立学校職員の勤務成績の評定に関する規則(昭和三三年四月二三日公布の東京都教育委員会規則第九号―以下「甲規則」という。)、東京都市町村立学校職員の勤務成績の評定に関する規則(昭和三三年四月二三日公布の東京都教育委員会規則第一〇号―以下「乙規則」という。)及び東京都公立学校職員の勤務評定実施要領(昭和三三年四月二三日付教職発第四一号教育長通達―以下「実施要領」という。)を取消し、又はその内容を変更する措置がとられるべきことを勤務条件に関する措置として要求(以下「本件要求」という。)したところ、被告は、同年五月九日付で、右要求にかかる事項が法等四六条所定の要求の対象となり得ないとして本件要求を却下する旨の決定(以下「本件決定」というが、その内容の詳細は別紙決定書のとおりである。)を発した。

二  本件決定の瑕疵

しかしながら本件決定は違法であるから、本訴によりその取消を求める。

第三  請求の原因に対する答弁及び本件決定に瑕疵がないことに関する被告の主張

一  請求の原因一に記載の事実は認める。

二  被告が本件決定において、本件要求は勤務成績の評定制度自体の改廃に関するもので、法第四六条の規定による要求の対象となり得ないと判断したのは正当であるから、本件命令に違法はない。

第四  本件決定に瑕疵がないという被告の主張に対する原告の反論

本件決定には、左のような、取消の理由となるべき違法が存する。

(一)  本件決定には、本件要求中に含まれた事項の一部について、判断を遺脱した違法がある。

本件要求には、被告の解したように単に甲、乙規則及び実施要領の取消又はその内容の変更に関する措置のみならず、勤務成績の評定の結果に応じて措置がとられることの禁止又はそのような措置の内容の変更に関する措置が含まれていたのである。このことは、本件要求について原告らから被告に最初に提出された「行政措置要求書」と題する書面に、要求事項として「1 勤務評定が実施されると勤務条件が非常に不利になるのでこの実施をやめていただきたい。2 勤務評定が実施されると将来にわたり給与の差が生じたり、不当な人事が行われる可能性が強いので、実施をとりやめていただきたい。」との記載があつたところからみてきわめて明白である。ただその後に原告らから被告に提出された書面によつて、要求の趣旨が甲、乙規則及び実施要領を取消し又はその内容を変更する措置をとるよう勧告する判定を求めることに変更されたのであるが、この変更にかかる要求の趣旨においては、勤務成績の評定の結果に応じて措置がとられることの禁止又はそのような措置の内容の変更に関する措置を求める旨が明示されているとはいい難い。けれども、一般職に属する地方公務員に関する勤務成績の評定は法第四〇条第一項の規定に基きその結果に応じた措置をとるために行われるものであることにかんがみるとともに、原告らが被告に対する要求について最初に提出した前記書面の記載内容に照らすときは、その要求は、ひとり甲、乙規則及び実施要領の取消又はその内容の変更に関する措置のみに止まらず、勤務成績の評定の結果に応じて措置がとられることの禁止又はそのような措置の内容の変更に関する措置をも目的としたものと解すべきであり、上述のような要求の趣旨の変更に関する書面の存在は何らその妨げになるものでないことは疑いのないところである。

しかるに被告は原告らの要求を甲、乙規則及び実施要領の取消又はその内容の変更に関するものにすぎないとして、本件決定によりこれを却下したのである。従つて本件決定は、原告らの要求事項の全部についての判断を尽さなかつたものといわなければならない。

(二)  仮に被告が本件要求の趣旨につき本件決定において示した見解が正当であつて、(一)において指摘したような瑕疵はないとしても、本件決定の手続に左のごとき違法がある。

原告ら主張のように、被告に対する原告らの要求中に、勤務成績の評定の結果に応じて措置のとられることの禁止又はそのような措置の内容の変更についての要求は含まれていなかつたとしても、このような要求事項は、被告が本件要求の対象事項と解した甲、乙規則及び実施要領の取消又はその内容の変更と、社会的事実としてその基礎を同じくするものであるから、本件要求が被告によつて審査されていた過程において、要求事項としてこれを追加することができたはずであり、現に原告らは当時それを準備していたところから、その代理人において、公開の口頭審理期日を早急に指定してもらつて、そこで原告らに充分釈明の機会が与えられるようにするべく被告の事務局の職員と折衝を重ねていたのである。ところが被告は、その事務局職員を通じて原告らに釈明を求めた以外に、原告らの代理人による前記折衝に考慮を払うことなくしてそのまま本件決定をしてしまつたのである。要するに、被告は本件決定をするにあたり原告らに対する釈明義務を怠つたものというべく、本件決定は、この点において違法である。

(三)  そもそも被告が本件決定において原告らの本件要求を却下したのは、根本的には勤務成績評定制度の本質に関する無理解のために法第四六条の解釈を誤つたことに基因するものであつて、叙上(一)及び(二)の瑕疵はともあれ、本件決定の本質的な違法は、その点に胚胎するのである。即ち、被告が本件決定において本件要求を却下すべきものと理由の要点は、法第四六条の明定するとおり、一般職に属する地方公務員が人事委員会又は公平委員会に対して地方公共団体の当局により適当な措置のとられるべきことを要求することができるのは、給与、勤務時間その他の勤務条件に関してだけであるのに、本件要求は勤務成績評定制度自体に関し、勤務条件とは無関係であるから、前示法条による要求の対象とすることができないものと解すべきであるというにある。しかしながら被告のこの解釈は誤りである。

法第四六条の趣旨は、一般職に属する地方公務員が一般労働者と異り、団体行動権を背景とする団体交渉によつて使用者と対等の立場に立つてその地位の向上を図ることを制限されていることについての代償の一つとして、一般職に属する地方公務員の勤務条件に関する要求の実現を人事委員会又は公平委員会の機能によつて担保しようとするところにある。右のような法意からすれば、法第四六条いわゆる「給与、勤務時間その他の勤務条件」の中には、一般の労使間において団体交渉の対象とされている事項がすべて含まれるものと解すべきである。そして右に説明したような制度の目的からすると、法第四六条所定の勤務条件に関する措置要求の制度は、特定の職員について現に具体的に存している不当な勤務上の処遇の是正だけではなく、広く職員の勤務条件に関連のある制度に関する措置の要求についても利用することができ、その要求事項も、間接的にせよ勤務条件に影響を与える措置であれば足りる(被告は、先に吉田松四郎からの措置要求にかかる昭和三一年(行)第一号事案に関する判定において同旨の見解を示した。)ものと解すべきである。

ところで法第四〇条第一項の規定によれば、一般職に属する地方公務員に関する勤務成績の評定は、任命権者が当該職員の執務については定期的に、その結果に応じた措置を講ずる目的のもとに行われるものである。従つて勤務成績の評定が違法、不当である場合に、当該職員が任用、給与その他の勤務条件に関して不利益を蒙ることはみやすい道理である。それ故にこそ勤務成績の評定について規定した法第四〇条の規定は「職員に適用される基準」と題する法第三章のなかの一節中に置かれ、同条第二項において、勤務成績の評定に関する計画の立案その他勤務成績の評定に関し必要な事項について任命権者に勧告する権限が人事委員会に与えられているのである。これらの点からみれば勤務成績の評定を行うべきか否か、これを行うにしても、いかなる方法によるか、またその結果に応じた措置を講ずるか否かというようなことは、まさに勤務条件にほかならないものというべきである。

そうだとすれば、東京都内公立学校教職員の勤務成績評定制度の実施に関する甲、乙規則及び実施要領の取消又はその内容の変更に関する措置のほかに右により実施される勤務成績の評定の結果に応じた措置が講じられることの禁止又はそのような措置の内容の変更に関する措置のとられるべきを求めた本件要求はもとより適法なものである。

仮に本件要求の対象が、本件決定において被告の認めたごとく、甲、乙規則及び実施要領の取消又はその内容の変更に関する措置のみに限られていたとしても、そのような事項に関する措置の要求は、法第四六条所定の要件を充たしているものと解すべきである。一般に勤務条件とは、勤務において要求される労働の水準即ちその質と量及びこれに対する処遇の条件を意味するものであるところ、本来勤務成績の評定は、定められた労働の水準に照らして労働者の労働の実績を評定し記録する目的で行われるのであつて、それ自体としては勤務条件を形成するものとはいい難い。しかしながら、勤務成績の評定の結果が人事管理の資料に供されるということになれば、必ずしも同日には論じられない。即ち、それに基き、労働者に対し一定水準の労働が使用者によつて要求され、ここに勤務条件が設定されることになるのである。元来労働の生産性の向上を目標として考案されたという、その沿革に徴しても、勤務成績の評定なる制度は、そもそも労働者の勤務条件と無縁なものなどではあり得ないのである。甲、乙規則及び実施要領による勤務成績の評定もその例外でないことは、法第四〇条の規定を一読すれば容易に了解することができるであろう。甲、乙規則及び実施要領は、それまで関係法規によつてその職務内容を定められていながら、職階制が確立していなかつたため、どの程度の水準においてこれを遂行するかが明確でなかつた東京都内公立学校教職員の勤務条件を規定したものである。現に東京都教育長は、甲、乙規則に基く勤務成績の評定の結果が任用、昇給、昇格、異動及び研修その他の人事管理に関する資料として使用されるべきことを度々言明したのである。してみると、甲、乙規則及び実施要領の規定内容が違法、不当なものであれば、その適用を受けることによつて原告らが違法、不当な勤務条件を一方的に強いられることになるのは必然である。従つて原告らが被告に対してした本件要求は、決して被告のいうように不適法として却下されるべき性質のものではないのである。

第五  本件決定に瑕疵がないことに関する被告の主張の補足(第四に掲げる原告の反論に対する反駁)

一  本件決定には原告の主張するような判断の遺脱はない。原告らから被告に提出された「行政措置要求書」と題する書面に原告ら主張のとおりの要求事項が記載されていたところ、後に原告らから被告に提出された書面によつてそれが原告ら主張のように変更されたことは認める。けれども当初の書面における要求事項に関する記載が原告らの主張するとおりであつたことから、本件要求中に勤務成績の評定の結果に応じて措置がとられることの禁止又はそのような措置の内容の変更に関する措置を求める趣旨が含まれていたものと解することは到底できないし、その他本件要求にかかる事項の範囲に関する原告らの主張は牽強附会に近いものである。のみならず本件決定を通覧すれば、右に掲げたような要求についても被告の判断が示されていることは、これを了するに余りがある。

二  本件決定には原告らの指摘するごとき手続上の違法もない。

本件要求の審査中にその申請人たる原告らの代理人より被告の事務局の職員に対し、口頭審理期日の指定の申入れがなされたが、被告がその指定をせずに本件決定をしたことは、原告らのいうとおりであるが、原告らが当時その主張のように要求事項の追加を準備中であつたことは知らない。被告がいわゆる措置要求の審査について口頭審理の期日を指定するのは、当該要求を適法なものとして受理し、本案に関し審理を開始すべきものと決した場合に限られるのであるが、本件要求について上述のように原告らの代理人から口頭審理期日を指定してもらいたいとの申出があつた当時には、未だ受理の要件の存否について調査がなされていたし、その後審査の結果本件要求は不適法で受理すべからざるものであるとの結論に達したので、被告は本件決定によつてこれを却下したのである。してみれば、被告が右期日指定の申出に応じなかつたからといつて別に違法ではない。しかもなお、被告は、その間において事務局職員を通じて原告らに種々釈明を求めたのであるから、原告らの主張するような要求の趣旨に関する釈明の機会は充分に与えられたものというべきである。

三  被告が勤務成績評定制度の本質に関し理解を欠いたため法第四六条の解釈を誤り、本件決定に違法をもたらしたという原告らの主張は、一顧にも値しない。

法第四六条の立法趣旨に関し原告らの主張するところには、被告としても格別異見を挾むものではないけれども、そのことから直ちに、同条の規定に基く要求が一般の労使間において団体交渉の対象となし得るすべての事項にわたつて広く許容されるものと即断するわけにはゆかない。けだし、同条は、「給与、勤務時間その他の勤務条件」に関し措置の要求をすることができるものと規定し、明らかにその要求の対象となるべき事項を限定しているからである。しかもそこにいわゆる「勤務条件」とは、例示された給与、勤務時間などと同じく、職員の勤務に関する状態に直接かつ具体的に関係する事項を包括的に表現したものと解すべきである。勤務成績の評定がそれ自体として、かかる意味における勤務条件にあたらないことは疑いの余地のないところである。原告ららは、甲、乙規則及び実施要領による勤務成績評定の制度ないしそれによつて実施される勤務成績の評定がいわゆる勤務条件にほかならないことを論証すべく、その他種々主張するけれども、すべて独自の見解に立つものとして採用の限りではない。

第六  証拠(省略)

理由

一  原告らがいずれも東京都内公立小、中定校の教職員であり、昭和三三年四月二三日から同年五月八日までの間に順次法第四六条の規定に基いて被告に対し、勤務条件に関する措置として、甲、乙規則及び実施要領を取消し、又はその内容を変更する措置がとられるべきことについての要求即ち本件要求をしたところ、被告が同年五月九日付で別紙決定書のとおりの本件決定をしたことは、当事者間に争いがない。

二  そこで本件決定にその取消理由とすべき瑕疵があるかどうかについて検討することにする。

(一)  原告らは、まず、本件決定には原告らの要求にかかる事項の一部について判断の遺脱があると主張する。

本件要求について原告らから被告に提出された最初の書面である「行政措置要求書」に要求事項として原告ら主張のとおりの記載があつたところ、その後に原告らから提出された書面によつて要求の趣旨が原告ら主張のとおりに変更されたことは、当事者間に争いがない。

原告らは、被告に対する原告らの要求中には、甲、乙規則及び実施要領の取消又はその内容の変更に関する措置のみならず、勤務成績の評定の結果に応じて措置がとられることの禁止又はそのような措置の内容の変更についての措置も含まれていたと主張する。しかしながら、前記「行政措置要求書」における要求事項に関する記載とても必ずしも、原告らが本件要求中に包含せしめたと称する前示事項を何らの疑念もなく表現したものとは解されず、むしろ右により原告らのいわんとした趣旨は、甲、乙規則及び実施要領に基く勤務成績評定の制度自体の改廃を求めるというにあつたと認めるのが相当である。殊に上述のような本件要求の趣旨の変更に関する経緯に徴するにおいては、その点はなお一層明白になるものというべきである。のみならず被告は、本件決定において、勤務成績の評定自体は、給与、勤務時間等と異り勤務条件ではないと解さなければならないとの判示に続けて、もつとも、勤務成績の評定の結果に応じた措置が講ぜられた場合には、職員の任用、給与等に影響することがあるのは当然であるが、この場合において任用、給与等に関して不満のあるとさは、当該任用、給与等に関する問題として措置要求をすることができるのは格別、勤務成績評定制度自体は勤務条件となるものでないから、法第四六条の規定による措置要求の対象にすることはできない旨説示している(別紙決定書中理由の(二)及び(三)参照)のであるから、仮に本件要求中に原告ら主張のような前掲事項が含まれていたとしても、そのような事項に関して法第四六条の規定により措置の要求をなし得るかどうかにつき、被告として否定的な見解をとるものであることを示していることは歴然たるものがある。

いずれにしても、本件決定には、要求事項の一部について判断を遺脱したというような違法はないものといわなければならない。

(二)  原告らは更に本件求定の瑕疵として、被告の原告らに対する釈明義務違背を指摘する。

被告が本件要求につき申請者たる原告らの代理人に被告の事務局の職員を通じて釈明を求めることがあつたけれども、原告らの代理人からなされた口頭審理期日指定の申入れに応ずることなく、本件決定をしたことは、当事者間に争いがない。

ところが勤務条件に関する措置の要求の審査に関する規則(昭和二六年東京都人事委員会規則第三号)の規定するところによれば、人事委員会即ち本件における被告は、いわゆる行政措置要求について書面が提出された場合には、当該要求の申請者の資格、要求事項等について調査した上、その要求を受理すべきかどうかについて決定をする(第三条)のであるが、事案の審査のため必要があると認めるときには、申請者、申請者の所属の長もしくはその代理者又はその他の関係者から意見を徴し、これらの者に対し資料の提出を求め、もしくは出頭を求めてその陳述を聞き、又はその他必要な事実調査を行うこともできるし、公開又は非公開の口頭審理を行うこともできる(第八条)ものとされていることから明らかなように、被告が事案の審査のため口頭審理の方法をとるかどうかはその裁量に委ねられているのであるから、被告が本件要求の審査について原告らの代理人からその申入れがあつたにもかかわらず、口頭審理を行うことなくして本件要求を却下する決定をしたからといつて、そのことが被告に与えられた裁量の範囲を遺脱し又はこれを濫用したものでない限り、かかる処置を違法であると称して本件決定の取消原因たらしめることができないのは当然であるが、被告が本件要求の処理について右のような手続をとつたことがその裁量権の違法な行使にあたることを認め得る証拠はない。原告らとしては、叙上のとおり被告よりその事務局の職員を通じて釈明を求められたといういきさつもあり、もしその主張のような要求事項の追加を準備中であつたのならば、随時事情を具してその手続の完了するまで決定を留保してもらうことを被告に申出ることも決して不可能ではなかつたと考えられるのである。しかもなお被告が原告らに対する釈明義務を尽さない違法を犯したという原告らの主張は、いささか顧みて他をいうきらいを免れず、到底採用することができない。

(三)  最後に、原告らが本件決定の違法性の淵源であるとして強調するような、被告の勤務成績評定制度の本質に対する無理解及びこれに基因する法第四六条の解釈の誤りが肯定されるかどうかについて検討する。

(1) 法第四六条は、同法にいわゆる職員即ち一般職に属する地方公務員に対して労働組合法の適用が排除され、職員が団体協約締結権を有せず、争議行為を禁止され、労働委員会に対する救済申立の途を閉されていることに対応して、職員の勤務条件の適正を保障するために、中立の立場に立つ機関である人事委員会又は公平委員会に対し職員の勤務条件に関する判定を要求することができる権利ないしは法的利益を職員に付与する趣旨のものと解すべきである。しかし法第四六条の立法趣旨が右のようなものであるからといつて、直ちに、原告ら主張のように一般の労使間においてならば団体交渉の対象とされ得る事項が、たとえ職員の勤務条件に該当しないものでもすべて同条の規定による措置要求の対象とすることができると解するのは、同条が職員の要求することのできる事項を「給与、勤務時間その他の勤務条件」に関する措置と明定しているのにも反して是認し難い。

(2)  かくして問題は、原告らがその取消又は変更を要求する甲、乙規則及び実施要領即ち勤務成績評定制度が法第四六条にいわゆる「勤務条件」にあたるか否かに帰着する。

成法上「勤務条件」という語は、同条のほか法第二四条その他国家公務員法第一〇六条等にも用いられているが、一般的な用語例に従えば「労働条件」と呼ばれるものに相当するものと解される。ところで労働条件なる言葉は、制定法上二つの意義において使われている。第一には、労働者が使用者に対し労働契約に基いてその労務を提供するについての条件、即ち個別的労働契約の内容をなすところの賃金、労働時間、休日、有給休暇、退職金等に関するものを指す。例えば労働基準法第二条及び第一五条や労働組合法第一六条にその用例がみられる。第二には、工場、事業場のごとき労働者の労働する場所における労働に直接関係のある諸条件を総称する。日本国憲法第二七条第二項にいう「勤労条件」もこの意味における労働条件と同業語であり、労働基準法がその第一条第二項において「この法律で定める労働条件の基準」といつている場合の労働条件には、右の意味が含まれているものと解されている。そして法第四六条にいわゆる勤務条件の意義について右と別異の解釈をとらなければならないような特別の事情が存するものとは考えられない。

ところで一般職に属する地方公務員に対する勤務成績の評定は、法第四〇条第一項の規定するところによれば、任命権者が当該職員の執務について定期的に行うものであつて、その評定の結果それに応じた措置が任命権者によつて講じられなければならないこととされている。一般に公務員に対する勤務成績の評定という制度は、被告が本件決定(別紙決定書の理由中(二))において判示しているように、「人事管理の公正を期する手段の一として、職員の勤務について、職員に割り当てられた職務と責任を遂行した実績と、執務に関連して見られた職員の性格、能力および適性を評定し、記録すること」であり、人事行政の科学化に寄与せしめようというのがその窮極の目的である。そして甲規則は、その第一条において規定しているごとく、法第四〇条の規定に基く、東京都教育委員会の行う東京都立学校及び特別区の設置する学校に勤務する職員の勤務成績の評定についてその方法、手続等を、乙規則は、同じくその第一条に規定されているとおり、地方教育行政の組織及び運営に関する法律第四六条に基く、市町村教育委員会の行う都費負担教職員の勤務成績の評定についてその方法、手続等を、実施要領は、その「趣旨」と題する部分で明示しているように、甲乙規則所定の勤務成績評定の実施に関する細目をそれぞれ定めたものである。

以上説明したところから考えるに、甲、乙規則及び実施要領はもとよりのこと、これらに基いて行われる勤務成績の評定もそれ自体としては職員の勤務条件にあたるものとは到底解されず、従つて法第四六条の規定による要求の対象にはなり得ないものといわざるを得ないのである。

原告らは、(イ)甲、乙規則及び実施要領による勤務成績の評定がその結果に応じた措置を講ずる目的をもつて行われるものである実情からいつて、職員に対する労働の水準を定めるものであるのみならず、(ロ)現に東京都教育長において甲、乙規則に基く勤務成績の評定の結果が人事管理に関する資料として使用されるべきことを度々言明していたことに徴するときは、甲、乙規則及び実施要領ないしはこれらに基いて行われる勤務成績の評定は、当該職員に対して要求されるべき労働の基準を定めたものとしてその勤務条件と決して無縁なものではあり得ないとして、甲、乙規則及び実施要領に基く勤務成績の評定により違法、不当な勤務条件を一方的に強いられることにならざるを得ない原告らが被告に対してした本件要求は不適法とみられるべきものでないと主張する。しかしながら原告らのこの主張は、独自の見解に基くもの(上記(ロ)に記載したような事実のあつたことは、原告長谷川正三本人の尋問の結果により認められるけれども)であつて採用し難い。

(3)  要するに被告が勤務成績定評制度の本質について理解を欠き、そのため法第四六条の解釈を誤つたことが本件決定に違法をもたらした根本の原因であるという原告らの主張もまた理由がないといわなければならない。

三  上述したところから明らかなように、被告が本件決定において原告らの本件要求を却下したについては何ら違法の点がないものというべきであるから、本件決定の取消を求める原告らの請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事部第一九部

裁判長裁判官 桑 原 正 憲

裁判官 駒 田 駿太郎

裁判官 北 川 弘 治

当事者目録

東京都三鷹市上連雀九二三番地

原告長谷川正三(ほか四四名)

右原告四五名訴訟代理人弁護士佐伯静治(ほか一〇名)

東京都千代田区丸の内三丁目一番地東京都庁内

被告東京都人事委員会

右代表者委員長大野木克彦

右指定代理人兼子一(ほか三名)

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